東北の大地で「道」と「人」を創る。震災で知ったインフラの使命と、次世代へ継承する職人魂

株式会社津軽サンロード 代表取締役 菊池 祐司 高校卒業後に入社し一時退職を経て復帰。経営再建に尽力した後、代表取締役に就任する。青森県津軽地方を中心に道路舗装などを手掛け地域の生活基盤を支え続ける。「モノづくりは人づくり」を信念に、次世代の技術者育成と地域社会への貢献に情熱を注いでいる。 http://tsugarusr.co.jp/

本州最北端、青森県。冬には厳しい雪が降り積もるこの地で、人々の生活の根幹である「道路」を守り続ける企業が株式会社津軽サンロードだ。平成7年の創業以来、高速道路から一般道、駐車場の舗装工事、そして冬場の除雪業務までを手掛け、地域のインフラを支え続けてきた。
「モノづくりは、人づくり」
そう語るのは、同社を率いる代表取締役の菊池だ。一度は建設業界を離れようとした彼が、なぜ再びこの道に戻り、社長として陣頭指揮を執るに至ったのか。東日本大震災という未曾有の経験を経て確信した「仕事の誇り」そして高齢化が進む業界で次世代を育てるための覚悟とは。

偶然の入社から、運命の再建へ

菊池と建設業との出会いは意外にも「偶然」に近いものだったという。高校卒業後、就職先を探していた際に目にした求人票。数ある企業の中で、給料の条件が良かった会社をたまたま選んだ。それが、日本道路グループの協力会社であり、現在の津軽サンロードの前身となる会社だった。
「最初は『何を作っているのか』すらよく分かっていませんでした。ただ入ってみたら、それが道路を作る仕事だったんです」
しかし、その道のりは平坦ではなかった。一度は会社を辞め、地元を離れて東京で別の仕事に就いた時期もある。転機が訪れたのは、かつての上司からの連絡だった。「会社が厳しい状況にある。戻ってきてくれないか」当時、会社は経営体制の刷新を迫られ、存続の危機に瀕していた。菊池代表の脳裏に浮かんだのは、かつて共に汗を流した職人たちの顔だった。「自分が戻らなければ、この会社はどうなるのか」義理人情に厚い菊池は再建のために青森へ戻る決意を固める。
「一度辞めた人間が戻ることに葛藤はありましたがやるしかなかった。先代の社長からバトンを受け取り私が代表になったのは会社をそして従業員を守るためでした」

それは、単なるキャリアの選択ではなく、共に働く仲間への責任感が導いたリーダーへの道だった。
雪国・青森の宿命と、3.11で刻まれた「誇り」
津軽サンロードの事業は、青森の気候と切っても切り離せない。4月から12月までは舗装工事などの土木事業に邁進するが1月から3月は深い雪に閉ざされる。この期間、同社は除雪業務で地域の交通を守る一方、工事の仕事が減る冬場は、全国へ出稼ぎに出て現場をこなすこともあるという。
「青森にいると、どうしても冬場は仕事が限られます。しかし、社員の雇用を守り、技術を維持するためには、場所を選ばずに働き続ける必要がありました」
そんな厳しい環境下で働く菊池にとって仕事への意識が劇的に変わる出来事があった。2011年3月11日東日本大震災。 当時、東北の地で目の当たりにしたのは崩壊した道路と寸断されたライフラインだった。物資が届かず、救助もままならない状況下で最初に行われたのが「道路の啓開(けいかい)」だった。ガタガタになった道を直し車が通れるようにする。それが復興の第一歩だった。
「それまでは、ただ言われた通りにアスファルトを敷いていただけだったかもしれません。でも、震災の現場を見て気付いたんです。私たちが作っている『道路』が、人々の命を繋ぎ、生活を支えているのだと」
 当たり前のように存在する道路が、いかに尊いものであるか。その重みを知った時、菊池代表の中に揺るぎない「職業への誇り」が生まれた。
「道路を作ることは未来を作ること」その確信が現在の津軽サンロードの原動力となっている。

「モノづくりは人づくり」背中で語るリーダー論

菊池が経営において最も大切にしている哲学、それが「モノづくりは人づくり」だ。
「どんなに良い機械があっても、最後にそれを使うのは『人』です。舗装の仕上がり、見た目の美しさ、耐久性。それら全てに作り手の心が表れます。適当な気持ちでやれば、それは必ず現場に残るんです」
建設業界は今、職人の高齢化という深刻な課題に直面している。津軽サンロードも例外ではない。「ロートル(老兵)ばかりですよ」と菊池は冗談めかして言うが、そこには長年現場を支えてきたベテラン職人たちへの深い敬意と愛情が滲む。
「60代、70代になっても現役で現場に出ている彼らがいるから、今の会社がある。彼らの経験と技術は宝です。ただ、それだけでは未来がないのも事実です」
だからこそ、菊池代表は「背中で語る」リーダーシップを貫く。口先だけで指示するのではなく、自らが現場を知り、汗をかく。
「私は言葉で理路整然と説明するのは苦手なんです。だから、態度で示す。社長室にふんぞり返るのではなく、現場の痛みも喜びも共有する。それが私のやり方です」
その姿勢は、若手社員だけでなく、ベテランの職人たちにも伝播し、社内には「良いものを作ろう」という無言の結束力が生まれている。

次世代へ繋ぐバトンと、未来への夢

「今の若い子たちは、私たちの時代とは違う。だからこそ、彼らが『入りたい』と思える会社にしなければなりません」
菊池の視線は、既に次の時代を見据えている。ベテランの技をいかに若手に継承するか。そして、若手が希望を持てる建設業をどうデザインするか。
「3K(きつい、汚い、危険)と言われる業界ですが自分たちが作った道路が地図に残り、地域の人に使われ続ける喜びは何物にも代えがたい。まずは3年。石の上にも三年と言いますが続けてみてほしい。そこから見える景色が必ずあります」
菊池には、密かな夢がある。それは社内で「野球チーム」を作ることだ。
「若い社員が増えて、仕事終わりにみんなで野球をして、汗を流す。そんな活気ある会社にしたいんです。仕事だけでなく、仲間と共に生きる楽しさがある。そんな場所なら、きっと人は育つはずです」
雪深い津軽の地で、道路というインフラを守り抜く株式会社津軽サンロード。 「モノづくりは人づくり」という信念のもと、菊池は今日も現場と向き合い、ベテランの熟練の技と若手の新しい力を融合させようと奔走している。
その道は確かに次の世代へと繋がっている。
道を創り、人を創る