知行合一

株式会社福萬組 専務取締役 中沢 智善 青森県十和田市生まれ。拓殖大学卒業後、2007年に家業である中沢水道設備工業株式会社に入社、経営を学びながら事業拡大に貢献する。2019年に代表取締役社長に就任し、企業改革を推進。2024年より株式会社福萬組に入社。専務取締役に就任し、DX化や組織改革を進める。「知識は実践を通じてこそ価値を持つ」という信念のもと、建設業の新たな可能性を追求している。 https://www.fukumangumi.co.jp/

十和田発・福萬組の進化論

青森県十和田市。この地は、開拓者たちの汗と血によって作られた。明治期に本格的な開拓が進んだこともあり、広大な十和田湖が育む水と大地が豊かな実りをもたらすようになったとされる。しかし、自然は時に厳しく、人の営みを脅かす。冬には豪雪が、時には水害が、住人に試練を与えてきた。

そんな環境の中で、福萬組は生まれた。戦後まもない1950年、先代たちがこの地に建設会社を興し、インフラ整備を通じて地域を支えた。それは単なる生業ではなく、この地に生きる人々の生活を守る使命でもあった。戦後の荒廃から立ち上がり、土木と建築を通じて地域の未来を築く。その覚悟が、福萬組のDNAとなった。

以来、福萬組は幾度となく苦境に立たされながらも、そのたびに新たな道を切り開いてきた。経済の波、技術革新、人口減少の影響…変化する時代の中で、ただ過去の成功にしがみつくのではなく、常に新しい挑戦を続けている。それを支えているのが、現在の専務取締役・中沢智善である。

 

意図していなかった帰郷

学生時代に都内で経営学を学んでいた中沢。大学卒業後は都内で働こうか、なんとなくそう考えていた折に、家族から連絡が来る。母の病だった。悪性リンパ腫の診断を受けた母の状況を聞き、彼は卒業と同時に、家族のために地元へ戻る決意を固めた。2007年、家業である中沢水道設備工業株式会社に入社。彼は家業を支えながらも、時代の流れを敏感に読み取り、企業経営の最前線に立った。

「会社の未来は人がつくるものですから。人が育たなければ、企業の成長はないと確信しています。」そう語る中沢は、経営の最重要課題は「人財育成」であり、それは建設業界の未来そのものだと考えていた。2019年には代表取締役社長に就任し、会社を牽引。その後、巡り合わせが重なり建設会社である福萬組の経営に参画することとなり、2024年に専務取締役としてこの老舗企業の改革に挑むことになったのである。

 

執念のSlack導入

中沢は、子どもの頃に父親に連れられた養鶏場の記憶を今でも鮮明に覚えている。小学5年生の彼は、自分の手で一羽の鶏を締めた。その経験は、命の重さ、仕事の厳しさ、そして何かを成し遂げるために必要な覚悟を彼に植えつけた。そして社会人になってからは、まさに「働きアリの法則」を目の当たりにしながら、企業とは、そして経営とは何かを学び続けた。経営者とは、会社の未来を見据えながら、常に変化を受け入れ、時には反発を受けながらも前に進む存在である。中沢は、そのことを身をもって知っているのだ。

福萬組に入社してから、中沢はまず社内の現状を徹底的に分析し、業務の効率化と組織の活性化に取り組みはじめた。ここでポイントなのは、社員の意見を聞きながら業務プロセスの見直しを行い、DX推進やペーパーレス化、そして業界では実現が難しいとされてきた4週8休を徹底して推し進めたことである。初めは慣習を変えることに対する抵抗もあったが、「変化なくして成長なし」という信念で、ガーディナー副社長の協力のもと地道に、しかし確実に改革を進めた。さらに、若手社員の育成にも力を入れ、チームワークを重視する企業文化を根付かせた。現在の福萬組では、数年前に導入を果たしたSlackが社内全体に浸透。今では手放せないツールの一つとなっている。彼にとって組織とは、一人で動かすものではなく、全員が主体的に動くことで成長するものなのだ。

17世紀の明末清初に活躍した思想家、王夫之は「知識とは実践を通じてのみ真の価値を持つ」と説いた。彼は、理論だけでは人を動かせないことを見抜き、実際に行動することこそが真の学びであると主張した。その思想は、時代を超えて現代の経営にも通じる。中沢の「まずやってみる」という精神も、王夫之の「知行合一」の理念に深く根ざしていると言っても過言ではない。

「知識を得たら、それを試して、失敗して、また学び直す。それを繰り返すことでしか、本物の成長はありません。」彼の言葉には、王夫之の実践哲学と、自らの経営哲学がまさに融合しているかのようにも思える。

 

“できない”じゃない、“どうやるか”だ。

「地方だからできない、建設業だから厳しい、そんな考えは捨てるべきだと考えています。できない・難しいのではなく、であればどうするか?…と考え方を変えて、そして動いていかなければ、どんな企業でもやがて立ち行かなくなりますから。建設業は、ただモノをつくる仕事じゃない。地域の未来をつくる仕事なんです。前例も大切ですが、変化することも同じように重要です。」

青森県十和田市の地に根を下ろし、地域とともに歩んできた福萬組。その中で、自らの信念を貫き、時代の変化に果敢に挑む中沢智善。彼の闘いは、まだ始まったばかりだ。挑戦を恐れず、常識を疑い、自分の手で未来を切り拓いていくことが重要だと語る中沢。彼の眼差しは、すでに未来を見据えている。そしてその未来には、新しい時代を担う若者たちがいるに違いない。