「南部ダイバー」の誇りと進化

東北海洋作業株式会社 代表取締役 岩谷 多加夫 南部ダイバーの伝統を受け継ぎ、東京の大手海洋土木会社で40年以上にわたり深海潜水技術を磨く。帰郷後、2015年に東北海洋作業株式会社を設立。「港湾・ダム等の潜水工事」を主軸に熟練の技と最新技術を融合させるなど全国から集う若手潜水士の育成にも尽力。 日本のインフラを水底から支え続ける。 http://owt.co.jp/

南部ダイバーの伝統と進化、深海に挑む哲学

本州の最北端、岩手県。太平洋に面したこの地には、古くから「南部ダイバー」として知られる潜水士たちの伝統が息づいている。NHKの連続テレビ小説『あまちゃん』でその名が全国区となった岩手県立種市高等学校(種市高校)海洋開発科を筆頭に、日本有数の潜水技術を持つ人材を輩出し続けてきたこの地域で、新たな挑戦を続ける企業が青森県三戸郡階上町に拠点を構える東北海洋作業株式会社だ。率いるのは、自身も南部ダイバーの家系に生まれ、日本の海洋土木の最前線で40年以上戦い抜いてきたベテラン、代表取締役の岩谷多加夫。

「潜水作業といえば、ヘルメットを被った重厚な姿を思い浮かべる人も多いでしょう。しかし、現代の海洋土木は、より高度で、より安全な技術へと進化しています」
そう語る岩谷に、深海という過酷な現場で培われた哲学と、次世代への想いを聞いた。

南部ダイバーのDNAと東京での挑戦

戦後、沈没船の引き揚げ(サルベージ)作業などで活躍した先代たちの背中を見て育った岩谷にとって海は生活の一部であり仕事場となることは自然な流れだったという。地元の種市高校で潜水技術の基礎を学び、卒業後は東京へ。就職先は、国内最大手の海洋土木会社の一つであり、深海探査や大規模な水中工事を手掛ける「アジア海洋株式会社」だった。そこで岩谷は40年以上の長きにわたり、日本のインフラを支える重要プロジェクトに従事することになる。港湾整備、ダムの補修、そして大深度での特殊作業。「潜水士」という言葉から連想される素潜りや漁業とは一線を画す、コンクリートと鉄、そして水圧との戦いの日々だった。取締役として経営の一角を担うまでになった岩谷だったが、定年を機に一つの決断を下す。

「最後は、地元に戻って恩返しがしたい」その想いが、2015年の東北海洋作業株式会社設立へと繋がった。「全国、あるいは海外の現場で活躍している南部ダイバーは多い。彼らが地元に戻ってきた時の受け皿になりたい、そして、この地域の若者を育てていきたい。それが創業の原点です」

水深70メートルの深海で働く技術

同社の強みであり、岩谷が長年携わってきたのが「飽和潜水」と呼ばれる特殊技術だ。
通常の空気潜水では、水深が深くなればなるほど、体内に蓄積される窒素の影響で潜水時間が制限され浮上時の減圧症のリスクも高まる。水深40メートルを超えると、空気潜水での作業は著しく効率が落ちるという。そこで用いられるのが、ヘリウムと酸素の混合ガスを使用する飽和潜水だ。

「人間の体を高圧環境に『飽和』させてしまうんです。一度加圧してしまえば、水深100メートルでも200メートルでも、何日でも連続して滞在できる。仕事が終わったら、数日かけてゆっくり減圧して地上に戻る。これなら深い海でも安全に、長時間作業ができます」

岩谷氏は、この技術のプロフェッショナルとして、日本の多くの深海プロジェクトに関わってきた。しかし、そのシステムを導入するには10億円規模の設備投資が必要となる。
「今の会社ですぐにフルセットを導入するのは難しいですが、簡易的なシステムを使って水深70メートル程度までの『バウンス潜水』など、工夫しながら対応しています」

大手ゼネコンや電力会社からの信頼が厚いのも、こうした高度な理論と経験に裏打ちされた技術力があるからこそだ。ダムの深部など、光の届かない暗闇での作業も多い。
「見えない場所で手探りで溶接や切断を行う。こればかりは、10年やってようやく一人前。一朝一夕には身につかない技術です」と、岩谷氏は職人の顔で語る。

全国から集う若者たちへ、技術と誇りを継承する

現在、建設業界全体で人手不足が叫ばれる中、種市高校には全国から若者が集まってきているという。
「昔は地元の次男坊、三男坊がなる仕事でしたが、今は少子化で地元の子が減った。その代わり、インターネットを見て『潜水士になりたい』と、北海道から沖縄まで日本中から志願者が来てくれるようになりました」

同社では、未経験の若者に対しても、徹底した教育を行っている。
教育をへて自分自身が経験をすることによって、潜水士としての度胸と安全管理を身体で覚えていくのである。

「昔は『潜水は危険だ、命がけだ』と言われましたが、今は違います。安全管理が全て。無茶な潜り方はさせませんし、事故を起こさないための理論もしっかり教えます。親御さんも安心して送り出せる業界にしなければならない」

岩谷氏の言葉には、自身が現場で経験してきた厳しさと、それを乗り越えてきた自負が滲む。「ロボットやドローンの技術も進んでいますが、最後はやっぱり人の手なんです。水中の泥をかき分け、ボルトを一本締める。その感覚は人間にしかわからない。だからこそ、この技術を絶やしてはいけない」

深海のフロンティアで、日本のインフラを支え続ける南部ダイバーの誇り。岩谷が蒔いた種は、全国から集った若き潜水士たちによって、確実に次の時代へと芽吹き始めている。