伝統ある配電工事業界で「守破離」の改革に挑む
人々の生活に欠かせない電気。その安定供給を最前線で支える配電工事会社が、青森県にある。東北電力ネットワーク株式会社の指定工事会社として、長年にわたり地域のインフラを守り続けてきた株式会社アペックだ。
「安全最優先」が絶対条件とされる厳格な業界において、同社を率いる代表取締役の髙橋知道は異色の経営哲学を掲げる。「ルールの中で、より自由に、より面白い仕事を」その言葉の裏には、従業員の幸せを第一に考え、既成概念を打破しようとする強固な意志があった。商社マンからの転身、そして父から受け継いだバトン。伝統を守りつつも「守破離」の「破」へと突き進む髙橋の組織改革の軌跡と次世代への想いとは。
「現場がいなければ何も生まれない」商社時代に培った原点
髙橋のキャリアは、意外にも建設業界ではなく、鉄鋼商社である阪和興業株式会社から始まった。そこで叩き込まれたのは、徹底した「現場主義」と、関西特有のバイタリティーだった。
「配属初日に上司から言われた言葉が今でも忘れられません。『お前がいなくても世界は回る。でも、現場がいなければ何も生まれない』と。商社という華やかな世界で、自分が仕事を回していける気になっていた鼻をへし折られました」
この強烈な原体験が、現在の髙橋の経営哲学の根幹を成している。2010年、父が経営するアペックに入社を決めた際も、その「現場への敬意」は変わらなかった。当初は独立志向を持っていたが、高齢となった両親のこれからを思い、そして父が築いてきた歩みを絶やすまいと、青森へ戻る決意を固めた。
先代である父からは「やると言うなら構わないが、途中で投げ出すことは絶対に許さない」と釘を刺されたという。その言葉が、経営者としての退路を断つ覚悟に火をつけた。
業界の常識を覆す「働き方改革」と意識の変革
社長就任後、髙橋が着手したのは建設業界に根付く古い体質の刷新だった。
「働く従業員たちがアペックで働けることを誇れるように。そして、みんなに自慢し、憧れられるように、そのために自分が出来ることをやろう」その決意のもとに年間休日の増加、フレックスタイムの導入、そして大胆な賃上げを実行した。「昨年の賞与は6ヶ月分を出しました。社員からは『こんなに出して大丈夫か』と心配されるほどでしたが(笑)利益はしっかりと還元する。それが私のやり方です」
しかし、単に待遇を良くするだけではない。髙橋は全従業員約75名と半年に一度、1対1の個人面談を行っている。そこで徹底しているのは目標管理と「自分で考える」ことの重要性だ。かつては「言われた通りの工程をこなすだけ」だった現場の空気が、今では劇的に変化している。
「もっと効率的にできることはないか、他に仕事はないかと、現場から自発的な声が上がるようになりました。その結果、直営部隊の売上はこの5〜6年で約3倍にまで成長しました。待遇改善と生産性向上がうまくリンクした結果だと自負しています。
トップダウンで指示を出すのではなく、現場一人ひとりが経営的な視点を持ち、自走する組織へ。髙橋の改革は、確実に実を結びつつある。
「守破離」の「破」へ 既存事業の枠を超えた多角化戦略
現在、アペックは大きな転換期を迎えていると髙橋は語る。武道や茶道の修行の段階を示す「守破離(しゅはり)」という言葉があるが、同社は今まさに、師の教えを守る「守」から、その型を破る「破」の段階にあるという。
「今の売上の99%は配電工事によるものですが、経営リスクを考えると一本足打法では心許ない。配電工事という強固な基盤(守)をベースにしながらも、そこから派生する事業、あるいは全く異なる分野への進出(破)を模索しています」
その一環として、昨年には土木会社のM&Aを実施。建設業の枠に囚われず、収益の柱を3つ、4つと増やしていく構想だ。これは単なる利益追求ではなく、「配電事業が落ち込んだ時でも従業員の生活と雇用を守り抜くため」のリスクヘッジでもある。
「私は55歳で引退すると公言しています。あと13年。それまでに古い制度や組織を一度『破壊』し、新しい形に作り直して次の世代にバトンを渡したい。破壊は痛みを伴いますが次のステップへ進むためには避けて通れない道です」
自ら期限を設けることで、改革へのスピード感を加速させる。その潔さと先見性もまた、髙橋のリーダーシップの現れだ。
人生は5つのボールのジャグリング
髙橋は自身の座右の銘としてコカ・コーラ元CEOブライアン・ダイソンの言葉を挙げた。
「人生は『仕事・家族・健康・友達・精神』という5つのボールをジャグリングしているようなもの。仕事のボールはゴムで出来ていて、落としても跳ね返ってくる。でも、あとの4つはガラスで出来ていて落とすと砕けてしまう」
仕事はもちろん重要だが、それ以外の要素をおろそかにしてはならない。従業員に対してもキャリアだけでなく人生プランそのものに寄り添う姿勢を貫いている。雪深い青森の地で、インフラを守りながら、組織と人の心のあり方を変革し続ける高橋。その視線は、安定した現在ではなく、変化し続ける未来と、そこで働く人々の笑顔に向けられている。株式会社アペックの挑戦は、まだ始まったばかりだ。
