農家から転身。挑み続けた36年

株式会社ヨコサワ 代表取締役 横澤 賢司 青森県出身。実家の農業に従事した後、家族を養うために板金加工業へ転身を決意。地元の板金工場での修業を経て独立し、溶接機1台から1990年に株式会社ヨコサワを創業。「品質とスピード」を武器に事業を拡大し、創業36年を迎える。現在は外国人材の積極活用や、次世代への事業承継に向けた組織づくりに注力している。
https://laser-yokosawa.co.jp/

農地から工場へ、溶接機一台からの起死回生

青森県の製造業において、一際異彩を放つ企業がある。板金加工を主軸に、図面の受け取りから完成までを一貫して手がける株式会社ヨコサワだ。創業から36年、営業部隊を持たずとも、その技術と信頼だけで仕事を途切れさせてこなかった同社。その強固な地盤を築き上げたのは、かつて農家として土に触れていた一人の男の覚悟だった

「一番最初は私が農家なものですから農産をしてたんですけども、やはりこれだと家族を養えないなって思ったことから始まったのが現実ですね」 代表取締役の横澤賢司は静かにそう振り返る。ゼロからのスタート、そして事業承継への苦悩、グローバル化への舵取り。激動の時代を生き抜くリーダーの哲学に迫った。

家族を守るための転身 溶接機一台からの出発

横澤のキャリアの原点は、意外なことに「農業」にある。実家は農家であり、中学卒業と同時に家業に従事していた。しかし、季節や天候に左右される農業だけで家族を養っていくことへの不安が、若き日の横澤を突き動かす。

「働けば働くほど稼げる仕事」を求め、目を付けたのが板金加工の世界だった 地元の板金屋で1年ほどの修行を経た後、独立を決意。しかし、そのスタートは決して恵まれたものではなかった。「設備も何もない状態、溶接機1台からのスタートだった」と横澤は語る。

資金もなければ、コネもない。まさに裸一貫、自身の腕一つを頼りに、未知の世界へと飛び込んだのだ 

「二足のわらじは履くな」 恩人が突きつけた決断

創業当初、横澤は農業と板金業の「兼業」を続けていた。農村社会特有の付き合いや農作業の繁忙期には、どうしても板金の仕事に穴を開けてしまうことがあったという。そんなある日、取引先の役員から呼び出され、人生を変える言葉を投げかけられる。

「二足のわらじを履くのはやめるんだ。どっちか一つ選べ。それじゃなきゃ仕事はやらないよ」 厳しい言葉だった。しかし、それは横澤の才能と可能性を信じていたからこその、愛のある叱咤でもあった。「どっちか決断するしかない」。家族を養うため、そしてプロフェッショナルとして生きるために横澤氏は先祖代々の農業を捨て「板金業一本」に絞ることを決断する。

「親父はがっかりしたと思う」と当時の心境を吐露するが、その退路を断った覚悟こそが、今日の株式会社ヨコサワの礎となったのである

営業部隊ゼロ。「お客様第一」が生んだ信頼の連鎖

同社の最大の特徴は、創業以来「営業部隊」を持たずに成長を続けてきた点にある。
「ひたすら自分に課せられた良い物を作らなければいけないんだ、というところからスタートしたので、営業に歩く時間なんてなかった」と横澤は笑う。営業をしない代わりに、同社が徹底してこだわったのが「品質とスピード」横澤はその理念を独特の言葉で表現する。

「品質はもとに、スピードを宇宙(第一)です」 品質が良いのは当たり前。その上で、顧客が求める納期よりも早く納めるスピード感こそが、最大の付加価値になると考えたのだ。その背景には、創業間もない頃の苦い経験がある。トラブルで顧客に迷惑をかけ、厳しく叱責されたことがあった。「お宅を頼りにしてるんだからしっかりしてくれ」その言葉は、単なるクレームではなく、期待の裏返しだった。「お客様をがっかりさせない」その強い思いが、同社のDNAとして深く刻まれている 。結果として仕事が仕事を呼ぶ好循環が生まれた。

「お客様の繋がりで横の繋がりでお客さんがお客さんを連れてきてくれる」誠実な仕事ぶりが最高の営業マンとなり36年間、同社の工場の明かりが消えることはなかった 数々の困難を乗り越えてきた横澤だが、その表情に悲壮感はない。「だんだん仕事をやるに従ってこの仕事が好きだなという思いでやってますので一つの趣味をやってるような感じですね」 

毎日が大変であることは間違いない。しかし、次々と舞い込む仕事に対し自らの技術で応えていくプロセスそのものを彼は心から楽しんでいる。「労の楽しみ」を知る経営者の背中が社員たちを、そして顧客たちを惹きつけてやまない 

事業承継とグローバル化 次なる30年への布石

創業36年を迎え、横澤は今、次なるフェーズを見据えている。それは息子への事業承継と組織としての地盤固めだ。

「中身を充実させていかないと息子には渡せない。私は好きでやってきたからいいんだけど息子は『やれ』と言われてやってるようなものだから、きちっとした形で渡さないと私より大変かなという思いがある」 

カリスマ創業者ゆえの悩みでもある。自身の感覚と馬力で牽引してきた組織を誰が回しても機能する「システム」へと昇華させること。そして、慢性的な人材不足という課題に対し同社は大胆な手を打った。それは、海外人材の積極登用だ。現在、社内には3カ国の外国人スタッフが在籍しており、まさに「多国籍軍」の様相を呈している

「将来的には外国人の重役を育てたい」 単なる労働力不足の解消ではなく国籍を問わず優秀な人材を登用し、幹部として育成する。人口減少が進む地方企業において、このグローバルな視点こそが生き残りの鍵になると横澤は確信している。

さらに2026年度からは創業以来初めてとなる「営業マンの育成」にも着手する予定だ 。待ちの姿勢から「攻めの姿勢へ」伝統を守りながらも変革を恐れない姿勢がそこにはある。

リーダーたちへ贈る言葉 「信頼こそが全て」

農家から転身し、裸一貫から企業を築き上げた横澤。波乱万丈な人生を歩んできた彼が、次世代のリーダーたちに伝えたいことは極めてシンプルかつ本質的だ。

「信頼されることが一番かなとは思ってます。信頼されないと仕事も来ない」
テクニックや戦略の前に、人として企業として信頼されること。約束を守り期待以上の成果で応えること。その積み重ねだけが、未来を切り拓く力になる。
「運が良かった。周りの人に恵まれた」と謙遜する横澤だが、その「運」を引き寄せたのもまた、彼が積み上げてきた「信頼」に他ならない

青森の地で、鉄を加工し続けて36年。その火花は次世代への希望を照らすように、今日も強く輝いている。